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大学最終学年の夏、白玉も人並みに就職活動なぞしておりました。スーツ姿にパンプス履いて、東京、名古屋、そのほかの地域に足をのばし、いくつかの会社を訪問、面接、入社試験。最終的には内定をいただいた数社のうち、都内の某社に就職を決めたのですが、当時は正直志望業種の絞り込みなどいいかげんで、今では口に出すのも恥ずかしいような業種の会社に、乗り込んでいっては恥をかいてきたものです。 さてこのころ、名古屋から東京に新幹線で移動する機会がありました。会社訪問のはしごで泊りがけとなり、荷物もボストンバッグにスーツカバー、ハンドバッグに書類入れと盛りだくさん。幸いすいた列車に乗れたので、3人掛け席をひとりで占領し、窓際に荷物を重ねてスーツの上着を脱ぎ、東京までの数時間をのんびりお昼でも食べて過ごそうと、足を伸ばしておりました。 そこへやってきたのがお弁当の車内販売。窓の外はそろそろ浜名湖を過ぎたあたり。白玉はなんだか無性に蒲焼きが食べたくなり、その場でうなぎ弁当とお茶を買いました。窓際に置いていい香りを箱の外からしばし味わい、さて!っとテーブルを出していそいそと包みを開けたのですが・・・ あれ?期待していたうなぎの蒲焼きが、な、無い!目の前の四角い紙箱には白いごはんが湯気を立て、その中央にトロリとうなぎのたれ。でも、肝心のうなぎは影も形もありません。ええっ!これで800円? 白玉は頭の中が真っ白になりました。席を立って(当時の)食堂車まで文句を言いに行けばよかったのですが、ちょうど世間の風の厳しさを知り始めた時期。買って何分も経っちゃったから、開封したお弁当に「うなぎが無かった」と言っても信じてもらえないかもしれないし、荷物を置いて席を離れるのにも抵抗が。しばし考えた挙げ句、結局クレームをつけに行くのをあきらめて、泣く泣くその場でうなぎ風味の白飯だけを食べました。そして車窓の景色をながめ、しばし人生について考えちゃった白玉でありました。 その後白玉ダンナに巡り合ってからこの話をしたところ、蒲焼きの日にはいつも「よかったね〜今日はうなぎがあって」と頭をなでなでされたものです。ハワイでは真空パックの蒲焼きをしょっちゅう食べているので、最近はあまりそのありがたみを感じませんでした。でも「そんな時代もあったな」と、ふと思い出した、10年前の出来事でした。 |
